霊性とインスピレーションの必然性

インスピレーションは科学的には起き得ない。

AIがどれだけ人間を模倣しても
所詮は模倣。

もしくは、圧倒的物量で
人間とは違った解答を導くことはできるだろう。

それでもインスピレーションと呼ばれる内なる声とは別物である。

 

ヒトは理由を求める。

 

しかしそもそも理由なんてどれだけ必要なのだろう?

 

理由を求める人は
自分に自信がない人である。

 

自分で良い悪い、好き嫌いの判断ができないから
客観的な意見を知りたいのだ。

 

そもそもいらないではないか。

 

あなたが自分に自信を持っていれば
他人がどう言おうが、好きなら好きだと言えば良い。

 

インスピレーションなど、客観的にでてこない。

全ては内から出てくるもの。

それは心の底から生まれてくるものもあれば
アーティストのように、上から降ってくるものもある。

 

みんな知っている。

それは人間を超えたところにあって
それがやってくるということを。

 

無視しなくて良い。

 

それを活かせば良いではないか。

 

むしろ今の時代には客観性よりも
主観性とそれに伴う霊的なインスピレーションが重要性を増してきた。

 

機械にはできない人間の技として。

 

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